Results tagged “Reflection”

Jul 292016

アフォーダンスを見出す

両方やってみると、カブトムシ取るほうが難易度高く、学びは多いと思った。

ゲームが応用力を育てるという意見もあるが、自然に対しての子供の対応を見ていると推測と応用が何もできていない印象。
「それっぽいボタン押してれば何かイベントが起きる」ような意図的なアフォーダンスのゲームUIに慣れていると、自然の中に潜むアフォーダンスを認識・予測出来ないのかもしれない。

「状態の相関性」にある一定のリテラシーを持った上で「知覚されたアフォーダンス」で構築されたゲームをやらないと、うまく効果を生かせないのかもしれないと思った今朝の4時。

Jun 122016

幼稚な関与

地方に限ったことではないと思うが、ここで書かれている理由以外に「関与の仕方がわからない」という理由もあるような気がする。
「小学校で好きな女の子をいじめてしまう」という現象ににたような感じ。
とりあえず関与したいという熱い思いだけが迸り、相手にどう思われるとかまで考えが及んでいない・・・みたいな?

Jun 072016

オープンな秘め事

Jun 062016

シェアリングとオーナメントの境界

人はどこまで所有を放棄できるのか?
人類の所有の経緯となる制約の解放に情報産業が大きく寄与していることは疑いようがないが、
その時、未だ技術革新の及ばぬ「存在の空間」に関係する共有と所有の垣根がどのように処理されるのだろうか?

May 022016

農業とビジネス

ETV特集:西辻一真氏の「被災農家を救え」・・・感動モノだが他人事の現実も - 傍観者の独り言
ニチレイが静かに6次化事業から撤退した:日経ビジネスオンライン

農業の一番の問題は、生産側のギャンブル度が高過ぎることにあると思う。
食という「今を生きるためのエネルギー源」時間的な特性が、その評価に対しても作用していることが問題である。
西辻氏、ニチレイどちらの施策もそれらの打破を試みたものだと思うが、ギャンブラーはギャンブラーであるという切ない現実と、ギャンブラーを取り巻く環境を乗り越えられなかった印象はある。
ギャンブラーをギャンブルから足を洗わせるにはどうするのか?
実はそういう、心療内科的なアプローチが必要なのかもしれない。

Apr 062016

射幸性

ゲームをリサーチして行き着くのはこの部分。
「ギャンブルにハマらない」という道徳心を持っているが、射幸性に弱い人を「金を稼ぐためでない」「他人に勝つ」「負けたくない」「仲間を助ける」「やり遂げる」などの名目を与えることで、時間や金の浪費を正当化、もしくは自己嫌悪させないように工夫して設計しているように個人的には感じている。

簡単に言うと『「息抜き」の範囲をいかに拡大させるか?』という部分で、
対象ユーザは『「息抜き」の拡大を理由があれば許容してしまうユーザ』なのかなあと考えている。

ただ、自分がゲーマーという訳ではないので、違っているかもしれないけれども・・・

Mar 102016

ネットのジェネレーションギャップとか

先日、この記事にコメントをつけてFacebookでShareした。

> GoogleはSEO対策されていて「リアルじゃない」 > 大人がやっているInstagramは「ダサい」

言い得て妙。
検索を軸とした情報共有に夢を感じた世代と、共有世界が前提の世代のギャップとでもいうか・・・。自分の世代はネットに開放を感じ、彼らはそこに制約を感じている。メタ概念の世代闘争とでも言うべきなのか?

たまたまインターネット黎明期に立ち会うことができた世代(25~45歳ぐらい?)が、いつのまにやら無自覚に「先端」を自負し『「検索を軸とした情報共有」が未来の形』と盲信する老害になっている可能性があることにショックを受けたわけだ。
ただ、まぁ一記事の話だし、まだ可能性・・つーぐらいとタカを括っていた。

だが、1週間ほどして、以下の記事を読んだ

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Mar 092016

デザインとは?

インターネットの世界ではHTMLがベースになるため、言語構造・情報構造を軸にして設計が行われることが多い。情報設計は情報関係の正当性を軸にする場合が多く、UI設計はスクリーンメディアの特徴である「操作」軸でのユーザビリティが重要視される。

デザインの範疇はそれ以外もあるが、WEBでは上記以外の優先度が低くなる傾向が強い。
標準的な査定基準が存在しないことによる評価の難しさと、分かり易い評価軸が同居していることが理由なのだろうが、そもそも役割自体を理解していない場合もある。
その場合は「相手にモノを伝える」時に自分が何をしているのか思い返してみると分かりやすいと思う。

声のトーンを変える
話すスピードを変える
言葉の間隔を変える
目線を変える、顔を動かす
手振りを交える

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Feb 212016

"Made in Japan"は誰が作ったのか?

「エコである」という言葉に潜む罠。
これが悪意か否かは「消費者が本質を理解しているという前提の上で成立する自己判断」という思考に「made in Japanへの信頼」が暗黙的に前提とされている時点で、悪意ありと判断して良いと思う。

さて、ここで人々が信頼してしまう「made in Japan」について

過去の栄光になりつつある「Made in Japan」だが、まだ国内ではそれなりの力を持っているこの「Made in Japan」。
この形成は「企業」の「営業努力」という話だけでなく、「製品への消費者監視」による「製品に潜む悪意の淘汰」がマーケットレベルで継続的に実行された結果なのだろうと考えている(製品に潜む悪意」は「資本主義の悪魔」でも良いかもしれない)。これは他新興国で「Made in Japan」的なブランドイメージの存在を耳にしたことがない(ネガティブなのはよく聞くが)ので、日本独自の状態で、それこそ「名こそ惜しけれ」精神の表れではなかろうか?

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Oct 092015

誰のための選択

選択肢の限定による制御思考は子供を自分の分身的に捉えた結果として理解できるが、子供の人格を無視した親のエゴであることが多い。
親としてできるのは子供にできるだけ多くの選択肢と経験を与えた上で、期待する選択・行動に至る思考を再構成させるぐらいではなかろうか?
その再構築過程は親自身の分解・解析も伴うので、色々とこれまで曖昧なままにしてきた事柄を整理・調整するキッカケにもなる。

当然、修得効率を考えると制約が必要な場面もあるが、その目的が子供のためなのか親のためなのかは都度推敲するのが大事だと、10年ほど子供を育てて感じる今日このごろ

Oct 072015

人の判断と科学の判断

もう2週間も前の話。
なんだか有耶無耶に収束した感じもありますが、この事件を聞いて感じたことをメモ

いくつか記事を読んでみると、行動は支離滅裂で会場の雰囲気に興奮して辛抱堪らん感じでやらかしてしまったような印象を受けた。
こんなかんじ・・・

Aさん:「会場の雰囲気に興奮して、なんかこう俺の中に野生が目覚めた?的なモヤモヤした感情が沸き起こり、辛抱たまらん感じになったんです。」
Bさん:「ふむふむ、そのとき目の前に女性がいたと・・」
Aさん:「はい、自分の中の野生が暴走してですね。止められないと。もうやるしかないなと・・・」
Bさん:「それで自分の中の野生を解き放ったと・・・」
Aさん:「ええ、しかしやり方ようわからずちょっと激しくやり過ぎてしまったんですよね・・・」
Bさん:「普段の性生活はどんな感じですか?」
Aさん:「いや、至って真面目な感じですよ」
Bさん:「そうですか・・・」


普段は真面目な人で騒乱状況の経験があまりない人だったのかもしれない。
政治家に対してハマコーとか昔の議員が醸し出す清濁併せ呑むようなイメージが強いので、興奮してやらかしてしまうような人が議員だというのは少し不安を感じたりする。

少し話がズレるけれど、犯罪者の脳構造は犯罪性を理解できないというそもそもの問題があり、それは事前検査で把握ができるツー話はある。
人権の問題はあるものの議員立候補の条件としてこういう検査を行い公開するとか無いのかなと思う。
人が人を選択する選挙の結果、人気投票的な形で立法を司る議員が選出されているのは、この科学の時代に少し違和感を感じたりする。

Sep 162015

1980年台における尾崎豊という同調圧力

私も小さい頃からガラス屋のおじさんがガラスを直している映像しか出てこなくて、尾崎豊に対して酷いことするなぁという印象しか無かった。
なんでそういうイメージが出てくるのかはよくわからないが、中高生の時分は周りは尾崎豊は我々の代弁者(いや、もうすでに逆に我々は尾崎豊の感じるフラストレーションを再現することがファッション化していたのか?)で溢れ、そんな疑問を口にすることも憚られる雰囲気だったし、また歌詞を体現するような行動がカッコイイとされていた。

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Jun 172015

電子書籍の脅威

アマゾンKindleの文学まとめシリーズはすごい・・・。
本棚には入りきらない量の書籍が一冊にまとまって、しかも安価・・・。
この安売りを「文学に対しての冒涜」と捉える向きがあるのかよくわからないけれど、それよりも、これだけの書籍を購入しても、それを他人(子供)に共有できない「本の貸し借り」という文化の断絶の方が気になる。
(ちょうど先日、その辺エントリーしている「物体に依存した情報移動 - APEIROPHOBIA」)

個人的には子供向けの世界文学などを電子書籍化してもらえると、子供にタブレットを与えても良いような気がしているけれど、電子書籍アプリにそういうペアレンタル機能など存在したものはあるのだろうか?
(今のところAmazon、Google、Koboの3つをそれぞれ使ってみた感じ、そういう機能は無く、あくまで個人利用みたいな雰囲気ではあるけれども・・・)

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Jun 112015

直感の精度

共有プロセスが重要視される昨今、その伝達形態として「言語」への変換が行われますが、その過程で失われる存在があることには注意。

* 共有情報自体に「言語可能な情報である」というバイアスがかかっていること
* 言語以外の「絵、音楽、映像」が言語表現範囲を超えた部分の意思・情報伝達要素を持っていること

その辺を認識した上で、言語による共有を発信、受信。

言葉に置き換えてしまうと「つり上げるもの」が少なくなるんですよ。 そこで、なるべく正確さをキープしつつも、イメージの豊かさを損なわないために、「直感の精度」を上げようとそういうふうに、考えるようになりました。

この辺読んでいて、中島敦の名人伝を少し思い出しました。
名人伝 / 中島敦

Jun 082015

GoogleフォトとPicasa

Googleフォトが本格リリースされました。
我が家はPicasaで写真を管理していますが、スマホ端末撮影した写真はDropbox(Carousel)と連携して、旗艦PCに保存し、デジカメで撮影した写真と統合して管理するという構成になっています。

ただPicasaが数年前にGoogleフォトと結合しはじめたころから、Android端末で撮影した写真の自動バックアップが流れこんだりして、少し管理体制がややこしい状態になっておりました。(自動バックアップをOFFにしている)

当時からGoogleの意向としては「データ保存先はローカルや端末でなくサーバ」という印象でしたが、実際スマホでバックアップした写真まで提示されるのはTPO的に情報過多だったのと、端末側のディスク容量への負担が大きく、改善されないのかなぁと願っておりましたが、どうもその辺改善されることなく正式リリースとなったようです。

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Jun 032015

Material designは触覚フィードバックのデバイス進化を加味しているか?

未来のデジタルUIは抽象的な方向に進化すべきであり、GoogleのMatrial designは時代に逆行したskeuomorphismへの回帰だという意見をチラホラと目にすることがある。
言わんとしていることも理解できるし、1つの解答であると思う。

しかしデジタルはソフトウェアとハードウェアの2つの要素にて構築される。
ソフトウェアとハードウェアを介在するUIデザインは双方の状態に依存した形で存在する訳で、その片翼のデバイス側では物理状態の再現へと技術が進歩しつつある。

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Jun 012015

五感の再現

May 282015

Power Pointが悪いのか?

別にキーノートで作っても一緒な気がする。
どちらかというとスクリーンでのプレゼンが視聴者側に「なんか分かったつもりにさせる現象」があるんじゃないかと思う。
自分の経験も含めて、スライド投影時に感じなかった疑問を、印刷して後から見るとザクザク感じる時がある。
これって昔凸版さんが2013年に発表してた「紙媒体の方がディスプレーより理解できる」のレポートと関係あるんじゃないかしらん?

しらんけど・・・

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May 252015

物体に依存した情報移動

電子書籍により省スペースの恩恵を受けていますけれど、人に貸したり、本棚に並べた本を子供がなんとなく読んでみたりという、「本という物体に基づいた情報」の移動が完全に消失しちゃう部分がジワジワとネックに感じつつある今日このごろ、電子書籍でなくあえて紙の書籍で購入することもチラホラ・・・

そもそも貸本、中古本という文化自体がメディア形状(物質)に依存したグレーなものだったことを踏まえると、電子書籍の仕組みは作者や販売元にとってマーケットとして健全な状態というのは頭でわかっているんだけど、リコメンドとは違う「継承」という概念を上手く残せないものなんだろうか?と思ったりする。

実は一時的な資産貸与よりも、死亡時の遺産継承の方がインパクト大きい気はするが、まだ問題は顕在化するほど歴史も成熟してないのだろうなぁ・・・。(アカウント切替みたいな?)

なんとなしにFacebookに書いたライフログがログになってない感じ似た印象

May 212015

コミュニケーションの場所

ソシャゲとか見てるとゲームそのものの楽しさより、コミュニティーに対しての帰属意識やら競争意識で駆動している気がする。
ゲームでもコミュニケーションしてたら息抜きにならないじゃないかとも思うが、リアルのコミュニケーションが希薄な人にとっては、コミュニケーションを主目的とするSNSに比べて、ゲームの中こそが自然なコミュニケーションを成立させることができるフィールドなのかもしれない

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